「最近さ、堕威君おかしくね?」
言われなくても判ってる。
「最近、一体どうしたん?」
俺だってよく判らない。

一体何処までが俺で、一体何処から俺じゃないんだろう。
境界線が、揺らぐ。
自分と世界との、境界線。
あいつと付き合うようになってから、境界線に脅えてばかりの俺。
一体、どうしたっていうんだろう。

俺には、あいつが何を考えているのか判らない。
どう見たって、どう考えたっておかしい俺を、どうして拒まないんだろう。
さっきだって、押し倒した。昨日だって、壊れる程あいつを抱いた。
その前だって。そのその前だって。

何で、お前は俺から逃げないんだ?抵抗しないんだ?
何で、いつもそんな眼で俺を見てくるんだ?

何か、言えばいいのに。
拒絶してくれればいいのに。


「…はぁっ」
ひとしきり、胃の中の物が出され、
とりあえずは先程まで感じていた嘔吐感は消え失せた。
だけど、全身を包み込む気持ち悪さは、抜ける事は無い。
ぐっしょりと汗をかいたTシャツが気持ち悪い。

…最近、何を食べても味が判らない。
何を口にしても、胃が受け付けない。
そんな俺を、毎日動かすものは虚栄心。
こんな自分は自分じゃない。
何もかも、誤魔化しながら最近過ごしている。

何時からか、あいつの瞳に脅えるようになった。
ガラス玉のような、透き通った冷たい瞳。
全て見透いているような。
俺の全てを見透いているような瞳。

あの瞳から逃げたかったのかも知れない。
砕いてしまいたかったのかも知れない。
いつだったか、無茶苦茶に俺はあいつを抱いた。
もうやめてという声も聞かずに、ただただあいつを抱いた。
ぐちゃぐちゃになってしまったあいつの、
その瞳に映ったのは恐怖の色。

感情のこもった、瞳。

絶対におかしいとは思っていても、
そのガラスでない瞳が、逆に俺を落ち着かせた。
それから、俺の行為はエスカレートしていく一方で…


さっきも、あいつを押し倒しかけて…
京君がやってきたので、やめた。
本当は、別にやめてもやめなくても、どっちでも良かった。
けれど、ギリギリのところで、
僅かに残っていた理性が、俺を押し留めた。

嘘をついてまで、何で俺は苦しんでいるのだろう。
全部、さらけ出してしまえばいいのに。
何処までも、浅はかな、俺。

「なぁ、堕威君」

京君が、俺に話しかけてくる。
特に返事もせず、続きに耳を傾ける。

「最近、一体どうしたん?」

ああ、またか。
この前も似たようなことを敏弥に言われたっけな。

「…さぁ、どうしたんやろな」

本当、それしか言い返せない。
最近、本当に俺はどうにかしている。
でも、どうしようもできない。どうしたらやめられるか判らない。
こんなの俺らしくない。絶対におかしいと思っても。

でも、俺らしいって、一体何?


今日も、俺はあいつの部屋に転がり込んでいる。

でも、何だか今日は様子が違った。
あいつが俺の目を見たのはいつ振りだろう。
ずっと、俺の目を避けてたのに。
あいつから話しかけてくるなんて思わなかった。
まともな会話なんて、しばらくしていなかった。

おかしなことしかしていないのに。
嫌悪するようなことしか言ってないのに。

それなのに、あいつ、俺のこと嫌じゃないのか?

「痩せた?」
あいつの声が響く。
…確かに、痩せたと…思う。…最近、まともに食事出来てへんし。

…てか、意外な質問だった。
てっきり、あいつはお見通しだと思ってたから。
本当は…見えてへんのかも知れない。
俺の…事。


知られるのが怖かった。

付き合い始めた頃はそんな事、思いもしなかった。
でも、段々、さらけ出す事が怖くなってきた。
俺なんて、好かれる人間じゃない。好かれていい人間じゃない。
なのに、お前は、いつも俺の傍に居て。

好きなんだ。本当はとても。
でも俺は、俺の嫌な所、見せたくなくて。でも見せちゃって。
嫌いになって欲しかったのかも知れない。

好きな気持ちと、離れて欲しい気持ちが交じり合って…
いつも、いつもお前を抱いてた。
ごめん、俺は…弱い人間なんだ、本当は。

涙が、頬を伝う。

…と思ったら、その頬に触れるもの。
心夜の…手。

…いつも、俺の事拒絶してたのに。
心夜…?一体…どうしたん?

…随分見なかった、その呆れた顔。
思わず、拍子抜けしたその瞬間。更に拍子抜けさせられた。

「堕威君は、不器用なんだから」
…何やねんそれ。

ってか、お前、今更気がついたんか?
俺、てっきりお見通しだと思っとったんやけど。
お前だって、不器用やん、それ。


「やっぱ、俺、お前の事好きみたい」
「僕もあんたの事、好きみたい」
「でも俺、何でお前に好かれてんのか判らへん」
「僕も何であんたが僕のこと好きか判らん」
「…そんなもんかな」
「…そんなもんやで」

「…今日は飯が美味い気がする」
「…は?」
「いや、こっちの話」