判ってない、君は。
俺の、本当の気持ち。
本当は、君だけと。
冷徹にそびえるドアと、冷たく重いドアノブ。
…いや、本当は冷徹でも、重くもない。
ごく普通の、ドアとドアノブ。
そう思うのは自分の心の弱さ。
冷徹に感じる。まるで、君の瞳のよう。
心にかかる靄を吹き飛ばすかの如く、
勢いよくドアノブを回す。
静寂が空間を満たしている。
静寂を払うなんて、本当は楽な作業な筈なのに。
何でもいい。何か言葉にすればいいだけ。
けれども、言葉に出来ない。
逃げるように、気が付けば目の前にある水道の蛇口をひねる。
水が、流れる。
微かだけど、静寂を打ち消す音。
少しだけ、肩が軽くなる。
いつも通り、君の顔も見られるだろう。
君は、何か雑誌を読んでいた。
俺の事なんて、関心を持ちたくないんだろう。
少しでも、見たい。
少しでも、感じたい。
サングラスを外し、上着をソファーにとりあえず投げた。
「心夜」
声をかけると、少し君の身体がびくりとした。
余程雑誌に没頭していたか、俺の事を忘れてたのか。
君のことだ、多分、後者だろう。
少しおかしかった。
「顔、強張ってるで」
いつも、むすっと出迎えてくれる。
「…あ?あ、また怒っとる」 と、いつも通り続ける。
多分また「怒ってない」って言うんやろな。
おもしろいわ。
君はこちらを向いて答えてきた。
やっぱり、予想通りの答え。
そして顔が少し赤くなる。
やっぱ怒ってるように見えるんやけどなぁ。
「…おかえり」
と、きみは一言。
ああ。
俺は、この一言に甘えてるのかも知れない。
いくら俺が馬鹿やっても、ここに帰って来てもいい気がして…。
「ただいま」
言ってもいいのか、だめなのか。
判らないけれど俺は答える。
当たり前の様に。
何も感じていないように。
本当は、伝えたい。
本当は、感じたい。
でも。
それは伝える事の無い想い。
俺は、馬鹿だから。
結局、君を傷付ける事しか出来ないんだ。
君を想う気持ちだけが空回りして、
苦しめる事しか出来なくて。
そんな自分がいて。
許されたくて。
愛したくて。
ただ、強く抱きしめる。
永遠に届かぬ想いと知っていても。