いつもながらの仕事場。
いつもながらのスタッフ。
変化は常日頃だけど、風景は変わる訳ではない。
少なくとも、つい最近まではそう思っていた。

いつも通り馬鹿やって。
真剣にも話し合って。
曲作って。演奏して。
そうしていたつもりだったんだけど。

歯車が、何処か噛み合っていなかった。
オレじゃない。あの二人の。


いつからか、二人は付き合う様になったらしい。
傍目にはいつも通りに見えたんだけど、
京君がこっそり教えてくれた。
どうして京君って何でもお見通しなんだろ〜?

まぁその後、オレも色々目撃しちゃったから
黙認公認なんだけどね。

そんな訳で、
今までと同じ様に、二人はじゃれてたんだけど。
ちょっと前から、何かが変わっていた。


「堕威さ、ちょっと痩せたんじゃない?」
誰かがそんな事を言った。

「えっ、そんな事ないですよ」
ちょっと上ずった声で、笑いながら答える堕威君。

皆の前では平穏を装ってて。
いつも通り、アホな事言ったりやったりしてる。
オレとも、普通通り。

けど、オレは知ってる。
本当の事、オレは知ってる。
最近、堕威君は無理してるって事。

明らかに無茶な飲み方したり。
倒れるに近い形で寝入ったり。
食事が喉を受付けないのか、トイレで吐いてたり。

そりゃ、痩せもするよな。
目撃したのも1,2回じゃないしさ。

心夜を強引に押し倒してる姿も見た。
その時の、堕威君の冷たい瞳も。


おせっかいかも知れないけど。
そんな姿の堕威君が、オレはほっとけなかったんだ。

耐えられなくなって。オレは話を切り出した。

「なぁ、堕威君」
「んぁ?」
いつもの気の抜けた調子で聞き返してきた。
こういう表情を見ると…
オレの知ってることが嘘の様に思えてくる。

けど、それでもオレはやめなかった。

「最近さ、堕威君おかしくね?」
「何で?」
「だってさ、ろくに食事とってねぇじゃん」
「いや、食ってるし。皆と一緒に食事しとるやん」
「でも…!…戻してるじゃん…。オレ知ってるよ…?
 最近の堕威君の様子…一体どうしたって言うんだよ」

…沈黙。
少し眉をひそめて、こちらを睨んでくる。

「…ちょっと、体調がすぐれないだけや」
「…でも、体調がすぐれなくても心夜は抱くんだ」

言ってから、「あっ、しまった」と思った。
だけど、もう遅い。

「アホらし…何で心夜が出てくるねん」
苛立った様子で言ってきた。
「大体…俺らの事なんてお前には関係ないやろ、
 抱こうが、何しようが。俺らの問題なんやし」
「関係なくねぇよ!同じメンバーじゃん!
 オレ、今の堕威君見てらんないんだよ…!」

「じゃあ、敏弥、お前俺の何が判るっていうんや」
堕威君は、無表情で、冷たい瞳で。
オレに、そう言い返してきた。

心夜を押し倒していた時の、あの時と同じ瞳で。
怖くて、何も言い返せなかった。


「くそッ…!」
そこら辺にあった灰皿をオレはぶん投げた。
壁に当たって、床に落ちて、
灰皿の砕け散る音と、灰が舞い上がる姿が見えた。
誰のか判らなかったし、後で怒られるかも知れないけど、
むしゃくしゃしてて、そんなことはどうでも良かった。

堕威君こそ、オレの気持ち判ってないじゃん!

オレ、ただ堕威君が心配なだけだよ!
このまま、壊れちゃいそうな堕威君が…

心夜と付き合えて嬉しくないのかよ。
だって、堕威君、心夜の事好きなんだろ?
じゃあ、何でそんな目をするんだよ。
何でそんな顔をするんだよ。

「訳、判んねぇよ…」
膝の力が抜けて、その場にオレは崩れ落ちた。

オレは堕威君の事、一番判ってるつもりだったのに。
オレは堕威君の事、一番知ってるつもりだったのに。

知らず知らずのうちに、涙が出てきた。
悔しくて泣いてるのか、切なくて泣いてるのか、
ムカついて泣いてるのか、悲しくて泣いてるのか、
オレにもよく判らなかった。

「何か変な音…って、あ、敏弥?どうしたん」
薫君の、あまりにも不意な登場で。
見せたくもないと思っていた、涙まみれの顔で。
オレは、薫君に泣きついてしまった。

「うああぁ…っ…!薫っ…く…ん…ひっく」
「な、なな、ど、どうしたん敏弥!?」
「オレっ…オレ…!オレが一番だって…思ってたのに…
 なのに…オレ、何も出来なくて…」

言葉がまとまらなくて、
ただ浮かんだ言葉だけが、出て、消える。

それでも、薫君は、オレの話を聞いてくれた。


「時には、力になれないことも、やっぱりあるで」
一通り、オレが泣きじゃくった後、薫君がぽつりと呟いた。

「そうなのかな」
さっきまで泣いていたので、気の抜けた声でオレは答えた。
気が付けば、薫君の手がオレの肩を支えてくれていていた。
温かい手だった。

「ああ。
 でもな、何かするのとしないとでは違うと思うで」
「そうなのかな」
「ああ」
「…そうだよね」
「そうやで」

本当は、言われなくても判ってたんだ。
いくらオレが一番でも、してあげられないこともあるんだって。
だけど、それを認めたくなかったんだよ、オレ。
だって、オレは何でも出来ると思ってたかったから。
弱い部分なんて無いと思いたかったから。

「ありがと…薫君。
 オレ、やっぱできる事、やってみるよ」
「ああ」
「やっぱり、二人には仲良くやってもらいたいしね」
「…二人?」
「うん」
薫君はどの二人か判らなかった様だけど。


「あ〜あ、恋は難儀なものだねぇ」
後ろに手を回して、オレはアホなことを呟いた。
オレにできる事は何だろうと考えながら。